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広島高等裁判所 昭和34年(け)1号 決定

主文

本件異議申立を棄却する。

理由

本件異議申立の理由は別紙に記載したとおりである。

よって被告人等に対する強盗殺人被告事件記録並に本件記録に添付された疏明資料に基き判断する。

被告人阿藤周平又はその家族等が前記刑事々件の捜査並に公判審理の過程において右事件の証人として尋問された一部の者に対し或は圧力を加え、或は懇請して偽証を依頼教唆したものと認められる形跡もあり、殊に重大な証人と思われる木下六子、樋口豊がいずれも偽証罪により起訴せられ、木下六子も、同じく重要な証人と考えられる上田節夫も現在においては偽証したことをはっきりと供述していることも認められる。

本件事件は最高裁判所昭和二九年(あ)第一四四二号同三二年一〇月一五日言渡の判決により当庁に差戻されたところ、その理由の要旨は本件は差戻前の共同被告人吉岡晃の単独犯行と認められる可能性もあるが他面吉岡と被告人阿藤等との共犯関係が証拠上絶対にないとは断定できない状況であり、第一審並に差戻前の当審に現われた証拠では当審において是認した第一審判決の認定した事実を肯認するに足りないというにあり、垂水克己裁判官の補足意見によれば、被害状況から見ると殺害及び擬装工作が二人以上の者によって行われた蓋然性の方が多くはないかとも思うが吉岡単独犯行の蓋然性もあるとされている。そして差戻後の当審において審理を重ね昭和三三年一二月一九日第六七回の公判期日において約一年に亘る事実並に証拠調を終了し余すところは検察官の意見の陳述、弁護人等の弁論を経て判決を言渡すのみとなっているとはいえ、又その間検察官側は有罪を確信し、弁護人等は極力無罪を主張して攻撃防御をつくしたとはいえ事実認定の困難である点において裁判史上稀に見る事件であるのみならず被告人阿藤は第一審においては死刑、差戻前の当審においては控訴棄却の判決を受けており、刑事訴訟法第六〇条第一項第二号の理由がないと断定することもできない状況にあるのであるから、現段階において同被告人に保釈を許した裁判が果して正当であるかどうかについては疑を挿む余地なしとはいえない。

しかし検察官も既に全力を傾け、被告人等の有罪を裏付け、無罪の認定に供する証拠の証明力を打消すべきものと判断した資料の拾集を終り、その重要なものについては証拠調を了したものと認むべく、物的証拠の隠滅は現在においては考えられず、若し人的証拠をこれ以上調べるとしてもそれは補充的なものであって、もはや大勢に影響はないものと思われる。殊に本件の勾留は昭和二六年一月三〇日以来継続されていたところ、最高裁判所においても前記判決言渡当時それが同法第九一条に違背するものと認定してはいないけれども、ともかく長いことには相違なく、しかも原裁判所においても勾留自体を取り消したわけではなく、保証金を納付させ、住居を制限し、同法第九六条第一項各号にあたる場合には保釈を取消す余地を残しているのであるから、既に原決定がなされた以上特にこれを取消さなければならないものとも考えられない。所論の法廷外闘争等は被告人その他関係者の良識に俟つほかはなく、そのこと自体は当裁判所において原決定を取消すべき理由とはならない。保釈中の他の共同被告人等の言動は本件と関係のないことである。又現在のような状態となっては被告人阿藤もその立場上逃亡するとは想像できないし、検察官の危惧する諸事実が仮に将来において発生したとしてもそれに対する措置は原裁判所、若しいずれかからの上告申立後であれば場合により最高裁判所の判断に任すべきである。

以上の次第であるから本件異議申立は理由なきものと認め同法第四二八条第三項、第四二六条第一項に則り主文のとおり決定する。なお保釈許可決定の執行停止の申立を排斥する理由も上叙と同一であるが右申立は裁判所の職権発動を促がすに過ぎず、検察官に申立権はないからこの点について特に主文において判断しない。

(裁判長裁判官 柴原八一 裁判官 林歓一 裁判官 牛尾守三)

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